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『光の子ども』小林エリカ(リトルモア)

光の子ども

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「マンガという形式の強さ」

形式は表現に先行するものではない。表現したいもののために形式が選ばれるのであり、形式のために表現が存在するわけではない。

表現の歴史は長くさまざまな形式が生み出されてきたが、それでも収まりきらないことがある。とくに自分の現在を投影しようとするとき、既存の形式がリアリティーをもちえないことが起きうる。

小林エリカの『光の子ども』が放つのは、自分にとって切実な問題を、もっとも切実な表現形式によって定着させようとする情熱だ。名付けにくいゆえの輝きがある。

ベースになっているのはマンガという表現形式だ。コマ割りされた絵が平面に併置され展開していくという意味でのマンガ。そこに写真、イラスト、文章などがミックスされ、ひと言では定義しにくい不思議な1冊ができあがった。

動機となったのは、放射性物質の歴史を知りたいという欲求である。ラジウムの発見はキュリー夫妻の功績だが、福島の原発事故で放射能汚染の重大さを知ったいま、単純な”偉人像”を超えた深い理解に届きたいと思うのは自然な心の動きである。それには、すでにある夫妻の研究やその後の放射能の歴史の本を読むだけでは不十分だ。

キュリー夫妻の研究への「情熱」、それを底から支えていた社会の「若さ」、東日本大震災の年に生まれた光という名の少年の体験する「苦しみ」を、ひとつの物語に編み上げていくこの作業は、新しい「詩」の形式を探るのに近い。

キュリー夫妻が最初に発見した新元素はポロニウムで、これはキュリー夫人の祖国ポーランドに因んで付けられた。それを取り出したピッチブレンド(瀝青ウラン鉱)の語源は「不幸の石」。ボヘミア地方で銀の採掘のときに出てくる鉱石のゴミがこれで、鉱夫たちの多くはその後、血を吐く奇病で亡くなった。キュリー夫妻はゴミとして廃棄されたピッチブレンドを大量に研究室に運び込み、ウランを取り出す狂気にも似た実験を重ねたのだった。

 

一方、採掘された銀で作られた銀貨は、産地の名にちなんでヨアヒムスタラー通貨として広く流通し、タラーはアメリカのダラーの語源となる。発明と発見の連続だった近代では、多くのものに名前を考えなければならなかった。近代史は時代の価値観を反映した名付けの過程でもあったのだ。そして名付けられたものは一個人の情熱を離れて人の手の及ばないモンスターへと成長した。その典型的な例が放射性物質だったのである。

放射線の発見から115年後、大震災の年に生まれた少年は「光」と名付けられる。暗いことばかりあった年だからと母は命名の由来を語る。実際、街には見えない光が飛散し、あらゆるものが輝いている。妹の真理も光に汚染され外出できずに室内で過ごしている。それをただ見ていることしかできない兄の苦しみ。

少年は片目の猫エルヴィンに導かれて1900年のパリにワープ、そこでキュリー夫人の娘のイレーヌに遭遇する。彼女の浴びている放射能が彼の目には見え、話すこともわかる。イレーヌに案内されて母の寝室に入ると、ベッドサイドでは、キュリー夫人が「わが子」と呼んだラジウムが青白い光を放っている。「こんな光、この世にあるからぼくらは苦しまなければならないんだ」とラジウムをつかんで投げ捨てようとする少年。「こんな光捨てたところでこの世から光が消えさるとでも思っているのかい」とつぶやく猫のエルヴィン。「そんなことくらいわかっている」と応える彼。

わかっている。すべては頭で了解できている。それゆえに湧いてくる感情は複雑で激しく、折り合いがつかない……。

光、真理、エルヴィン、イレーヌ。登場者の発する言葉と行為が小さなコマのなかに描かれる。絵と言葉が凝縮し統合されたマンガという形式では、描かれたものがどの時代のどんな時であろうが「いま」となって浮かび上がる。そこにこの形式の力がある。この作品のもっとも詩的な部分はこのマンガ表現に拠っていることは明らかだ。


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