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『書くこと、ロラン・バルトについて』 スーザン・ソンタグ (みすず書房)

書くこと、ロラン・バルトについて

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 本書は2004年に亡くなったスーザン・ソンタグが生前最後に出版した評論集 "Where the Stress Falls"(2001) の前半部分の邦訳である(邦訳はページ数の関係で二分冊にわかれている)。

 表題からするとバルトを論じた本のような印象を受けるが、バルトを論じた「書くこと、ロラン・バルトについて」は240ページ中40ページしかない。しかし、一番読みごたえのあるのがバルト論であるのは間違いない。

 間もなくバルトの没後30年なのでバルトを回顧した文章が目につくようになったが、「書くこと、ロラン・バルトについて」はバルトの死の記憶も生々しい1981年に発表されている。

 発表場所はちょっと変わっていて、"Selected Writings of Roland Barthes" という選文集の解説としてである。

 アメリカでは錚々たる大家が大学の教科書用に編纂した廉価な選文集が多数出ているが、同書もそうした一冊で、ソンタグは解説だけでなく作品の選定もおこなっている(現在は Vintage classics で入手可能)。

 ソンタグはバルトの文業が日記にはじまり(ジッドの日記論)、日記に終わる(『偶景』に収められることになる「パリの夜」)という対称性に注目しているが、彼女の選んだ選文集もジッドの日記論ではじまり、「パリの夜」の抜粋で終わっている。本論中で言及される作品は全部もしくは一部が選文集にはいっている。つまり、純粋な評論というより、あくまで選文集の解説として書かれているのである。

 ソンタグの評論は抜身の刀のような鋭さが身上だが、本論に関する限り、鋭さは抑え気味で、バルトをフランス・モラリストの系譜に位置づけようとしたり、フォルマリズム運動を解説したり、バルトの前にフランス文壇に君臨していたサルトルとの比較をおこなったりと、きわめて啓蒙的である。記述もソンタグとは思えないくらいバランスがとれていて、安心して読める。彼女は書こうと思えば、こういう優等生的な文章も書けたのだ。

 優等生的ではあるが、バルトの突然の死と近い時期に書かれただけに、バルトに対する思いは熱く表出している。ソンタグのバルトに対する思いは格別だったようだ。

 ソンタグコレージュ・ド・フランスの講義を聴講していたか、すくなくとも内容を知っていたらしい。以前、英語で読んだ時はなぜヴァレリーを何度も引きあいに出すのだろうと訝しんだが、今回、講義ノートを読んで疑問が氷解した。バルトはそれまでほとんど触れたことのないヴァレリーを講義の中で何度も言及していたのである。

 ソンタグは1957年のパリ留学を生涯で一番重要な経験と語っている。当時のパリは構造主義の流行前夜で、バルトは『零度のエクリチュール』で一部で注目を集めはじめていた。アメリカにもどったソンタグは『反解釈』で一挙に文壇の寵児となるが、「反解釈」というスローガンは「零度のエクリチュール」の換骨奪胎にほかならない。

 ソンタグも泉下の人となって6年がたとうとしている。バルトとソンタグ、20世紀を代表する二人の偉大な批評家の仕事をふりかえる時期が来ている。

 最後になったが、訳文はすばらしい日本語になっている。できたら『反解釈』もこの訳者に訳し直してもらいたいと思う。

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