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『水戸岡鋭治の「正しい」鉄道デザイン ― 私はなぜ九州新幹線に金箔を貼ったのか? 』水戸岡鋭治(交通新聞社新書)

水戸岡鋭治の「正しい」鉄道デザイン ― 私はなぜ九州新幹線に金箔を貼ったのか?

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JR九州の鉄道デザインはなぜあんなにも「奇抜」なのか」

 鉄道を趣味とする人々にはすでに知られた情報だが(一般の新聞にも記事として掲載されていたが)、昨年末、国鉄で副技師長を務められた星晃氏が亡くなられた。星氏といえば、0系新幹線をはじめ、こだま型特急電車や20系ブルートレインなど、国鉄の黄金期を支えた名車の設計に関わられたことで有名な方である。

 私が子どものときは、民営化以前だったから、まだ現役で走っていたこれらの名車がとても好きだった。何よりも、その機能的で無駄のない、すっきりとしたデザインが好きだったのだ。

 それに対して、図鑑などで眺めるヨーロッパの個性的な鉄道車両は、どうしても好きになれなかったのを覚えている。当時の私には、デザインがゴテゴテしているように感じられ、あまりに個性的すぎてなじめなかったのだろう。

 いわば、星氏が手掛けていたのは、高度成長期の日本社会におけるナショナルミニマムともいうべき存在としての国鉄車両、「みんなのための最大公約数」ともいうべきデザインだったのだと思われる。だからこそ、今日でも根強く、なおかつ広い支持を集めているのだろう。

 その一方で、分割民営化以降、JR各社はそれぞれに個性的で独自な車両を登場させてきた。その中でも、突出しているのがJR九州である。本書は、そのJR九州における鉄道デザインを担当してきたデザイナーの水戸岡鋭治氏のインタビューを元にまとめられたものである。

 上記のように、すっきりとした国鉄型車両を愛好していた私にとって、JR九州の車両デザインは、正直に記せば、あまりにも「奇抜」に見え、子どものころにヨーロッパの鉄道車両を見たのと同じように、最初は好きになれなかった。なぜあんなにも派手な色遣いを使うのか、なぜあんなにも目立ったフォルムにするのか、なぜあんなにも、文字情報や形式名をあちこちにプリントするのか、といったように、疑問ばかりが浮かんだのを覚えている。

 だが面白いもので、近年では、やがて見慣れてくるというのか、これも一つの個性的な鉄道車両のありようなのだと思えるようになってきた。

それも、単なる慣れであったり、私自身が歳を重ねたというよりは、むしろ鉄道のデザインをまなざす側の社会や人々のありようが変わってきたということであり、水戸岡流にデザインされた鉄道が求められる時代になってきたということらしいのだ。

 本書で、鉄道デザインについて語られた水戸岡氏の言葉からは、それが単に奇をてらったようなものではなくて、むしろ確固たる信念に基づいてそうされたものであることがよくわかる。

 私が特に目を引かれたのは、文字情報や形式名をあちこちにプリントすることにも表れているように、「どちらかといえばいろいろなものを車内に詰め込んでいく」(P12)ようなデザインをする、その理由である。

 この点について、水戸岡氏は以下のように述べている。

 「あらゆる上質なもの、伝統的に価値のあるもの、楽しいものを列車空間に入れ込んでみたのは、列車が老若男女、好みも考えも違うさまざまな人たちが乗り込む公共の空間だからです。その空間がさまざまな素晴らしいもので満たされていれば、乗客のみなさんは、それぞれに好きなところをみつけることができるだろう、それは豊かな列車空間ではないだろうかと考えたからです。

 とかくデザインというと「シンプルにすべきである」という考えが、ずっと私たちデザイナーを支配していました。それに抗うように、たくさんの価値のあるもの、楽しいものを詰め込むデザインをしてきたわけです…」(P13)

 いうなれば、「みんなのための最大公約数」を目指すのとは真逆に、「みんなの最小公倍数をかき集めたもの」を具現化したデザインということだろう。

 これはもちろん、どちらがいいとか悪いとか、優れているかといった対立軸ではない。むしろ社会の時代変化とともに、鉄道デザインに求められるものが変わってきたということなのだ。すなわち、一丸となって未来を目指した「高度経済成長」の時代はすでに過ぎ去り、現在では、個々人が自律したままに連帯をするような、成熟した社会のありようが求められる新しい時代へと移り変わりつつあるということなのだろう。

 だから今では私は、星氏がデザインしたような国鉄型車両とともに、JR九州鉄道車両も好きである。まもなくデビューすると言われている寝台列車ななつ星』も、今から楽しみで楽しみでたまらない。

 

 このように本書は、趣味的な観点から楽しめるということは言うまでもなく、社会科学的な観点からしても、公共的な空間やもののありようを考えるうえでの重要な実践例として参考になる。

 水戸岡氏が鉄道デザインについて語った著作はすでに何冊か存在しているが、その中でも、本書が一番安価でハンディで読みやすい。なので、関心がある方は、本書を入り口にして読み進められるとよいだろう。

 またその際には、できる限りJR九州の車両にも、実際に乗車されたうえで読まれた方がより理解が深まるであろうことも記しておきたい。


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