書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

中山元

『思索日記. 1(1950-1953) 』ハンナ・アーレント(法政大学出版局)

→紀伊國屋書店で購入 「アレントとともに考える」 よく無人島に一冊の本だけ持っていくとした何にするかという問いが冗談のように問われる。「あなたの心が何を食べているか、いってごらんさない、あなたがどんな人か、説明してあげましょう」というわけだ。…

『シェリング哲学 : 入門と研究の手引き』H.J.ザントキューラー編(昭和堂)

→紀伊國屋書店で購入 「シェリングの位置」 しばらくチェックしないでいるうちに、シェリング研究がずいぶんと盛んになっていることに気付いて驚いた。なんと邦訳のシェリング全集の刊行まで始まっているのだ。パリのポンピドゥー図書館で、フランスでのシェ…

『アザンデ人の世界―妖術・託宣・呪術』エヴァンズ=プリチャード(みすず書房)

→紀伊國屋書店で購入 「妖術の論理学」 出版年は少し古くなるが、アザンデ人の世界における呪術の意味を詳細に考察したエヴァンス・プリチャードの古典的な著作で、いまなお読み応えがある。ヨーロッパの世界の住人であれば、偶然としか考えないところで、ア…

『公と私の系譜学』レイモンド・ゴイス(岩波書店)

→紀伊國屋書店で購入 「公とは何か」 公的なものと私的なものの境界が時代とともに変動していることは、アレントの『人間の条件』などでも指摘されてきたが、この書物はギリシア、ローマ、中世、現代における公的なものと私的なものの領域を、具体例で考えよ…

『二十世紀の法思想』中山竜一(岩波書店)

→紀伊國屋書店で購入 「法と哲学の結びつき」 二〇世紀の基本的な法学の流れを追った書物だが、法哲学というよりも、法的な思考の枠組みが、哲学に大きな影響をうけていることが実感できる。著者とともに「どんな法解釈も何らかの哲学と結びつくものであらね…

『中世都市論』網野善彦著作集(岩波書店)

→紀伊國屋書店で購入 「中世都市の自律性」 やがて『無縁・公界・楽』の考察につながる網野の中世都市論の集成だが、日本の戦後の歴史学の全体を展望するにも役立つ一冊である。網野は中世都市論について、戦後の歴史学界に主として二つの潮流があったことを…

『ハンナ・アーレント -- 〈生〉は一つのナラティヴである』ジュリア・クリステヴァ(作品社)

→紀伊國屋書店で購入 「やわらかに描き出されたアレントの生と思想」 クリステヴァの女性評伝三部作のうちの一冊で、ほかの二人はメラニー・クラインとコレットだ。ある種の女性は、「精神生活の生き方の天才」(p.11)でもありうるという視点から、この三人が…

『呪術化するモダニティ 』阿部年晴,小田亮,近藤英俊編(風響社)

→紀伊國屋書店で購入 「アフリカ呪術の「現代性」」 本書は、さまざまな視点から、アフリカの呪術と宗教的な現象を考察しようとしたものだ。とくに千年紀資本主義の議論、現代における呪術分析の三つの落とし穴、そして後背地的なものについての考察を面白く…

『民主主義の逆説』シャンタル・ムフ(以文社)

→紀伊國屋書店で購入 「多元主義的な民主主義のための戦略」 ラディカル・デモクラシーの理論を構築するムフのこの書物の議論の中心は「政治」と「政治的なもの」の分離にあると言えるだろう。ムフはシュミットに依拠しながら、「政治的なもの」を、「人間関…

『マルチチュードの文法--現代的な生活形式を分析するために』パオロ・ヴィルノ(月曜社)

→紀伊國屋書店で購入 「現代における労働の意味」 ネグリ/ハートの『帝国』以来、流行になってきたマルチチュードの概念は、政治や文化などのさまざまな次元で考察すべきものだと思うが、本書が語るように、現代における労働の概念とも切り離すことができな…

『網野善彦著作集〈第10巻〉海民の社会』網野善彦(岩波書店)

→紀伊國屋書店で購入 「知られざる海の民の顔」 網野善彦の著作集の刊行が始まっている。この第一〇巻は、「海民の社会」に関連した論文を集めたものだ。網野の史論のおもしろさは何よりも。日本の古代から近世までの社会が農民を中心とした社会であるという…

『古代ギリシア--地中海への展開』周藤芳幸(京都大学学術出版会)

→紀伊國屋書店で購入 「ギリシアをめぐるメタナラティブ」 本書は京都大学学術出版会のシリーズ「諸文明の起源」の第七冊目にあたる。このシリーズは廉価な価格設定で、考古学的な発見を中心に、新しい知見が確認できるので、お勧めである。本書は、古代のギ…

『人類学的思考の歴史』竹沢尚一郎(世界思想社)

→紀伊國屋書店で購入 「文化人類学のわかりやすい展望」 最近どうも文化人類学の分野で目立った本がないと考えていた。もちろんレヴィ=ストロースの『神話論理』はやっと翻訳が出始めたが、神話学の詳細な分析は、文化人類学の本来の分野とは少しずれている…

『開かれ--人間と動物』ジョルジョ・アガンベン(平凡社)

→紀伊國屋書店で購入 「人類学的機械の産物」 うーん、うまいなぁ。出だしの三つの章で、一三世紀のヘブライ聖書の挿絵に描かれた天国で食事する聖人たち(動物の顔が描かれている)、動物の頭部をもつアルコンたちを描いたグノーシス派に衝撃をうけたバタイ…

『古典期アテナイ民衆の宗教』ジョン・D.マイケルソン(法政大学出版局)

→紀伊國屋書店で購入 「民衆の宗教心の解読方法」 古典期のアテナイの民間宗教をとりだすというのは、想像以上に困難な仕事である。今から二千五百年も昔、紀元前五世紀から四世紀にかけての大衆の宗教心を解明しようとするのに、当時の文学的な仕事や哲学の…

『民衆防衛とエコロジー闘争』ポール・ヴィリリオ(月曜社)

→紀伊國屋書店で購入 「われら哀れな人質たち」 現代のいくつかの出来事は、ぼくたちがある種の戦争状態に置かれていることを示している。想定を数倍も上回る揺れに見回れ、いまだに格納容器を開けることもできず、IAEAの検査官から「寿司を食べた」とい…

『中世とは何か』J.ル=ゴフ(藤原書店)

→紀伊國屋書店で購入 「中世に魅せられて」 中世史家ジャック・ル=ゴフの「専門家以外の一般読者をも対象とする……ほぼ初めての邦訳書」(p.306, 訳者解説)であるが、インタビュー形式で、ル=ゴフが自分のそれまでの生涯を振り返りながら、仕事について語る…

『哲学者たちの動物園』ロベール・マッジョーリ (白水社)

→紀伊國屋書店で購入 「動物から考える哲学」 本を手にして、思わず笑ってしまった。実はまったく同じ内容の企画を立てたことがあったからだ。新約聖書の四福音書の著者に、それぞれ象徴となる動物がいるように、哲学者たちもまた動物を思考の同伴者とするこ…

『『嵐が丘』を読む : ポストコロニアル批評から「鬼丸物語」まで』川口喬一(みすず書房)

→紀伊國屋書店で購入 「作品の歴史と批評の歴史」 エミリー・ブロンテの小説『嵐が丘』を、その批評の歴史から振り返って読むという、ありそうでなかった一冊で、楽しく読めた。印象批評からニュー・クリティシズム、そしてポストコロニアル批評にいたるまで…

『エロイーズとアベラール : ものではなく言葉を』マリアテレーザ・フマガッリ=ベオニオ=ブロッキエーリ(法政大学出版局)

→紀伊國屋書店で購入 「伝説のカップル」 アベラールとエロイーズ。ルソーの『新エロイーズ』にいたるまで、西洋の人々の心をかき立てた伝説のカップルの物語は、二人の書簡を収録した一冊の書物『アベラールとエロイーズ』として残されている。ただしこの物…

『イエナの悲劇 : カント、ゲーテ、シラーとフィヒテをめぐるドイツ哲学の旅』石崎宏平(丸善)

→紀伊國屋書店で購入 「フィヒテの旅路」 一九世紀末から二〇世紀の初めてにかけてのドイツは、人々の才能が沸き上がるような異例な時期だった。ゲーテがおり、シラーがいるだけではない。カントもまだ生きているし、フィヒテ、シェリング、ヘーゲルとドイツ…

『アッシジのフランチェスコ : ひとりの人間の生涯』キアーラ・フルゴーニ(白水社)

→紀伊國屋書店で購入 「修道士らしからぬ修道士」 サンフランシスコにいたるまで、西洋ではフランシス、フランシスコなどの名前は好まれているが、その由来はアッシジのジョバンニ・ディ・ベルナルドーネという名前の息子を、商人だった父親がフランチェスコ…

『古代マヤ 石器の都市文明』青山和夫(京都大学学術出版会)

→紀伊國屋書店で購入 「劇場社会マヤ」 国立科学博物館で「インカ・マヤ・アステカ展」が始まった。日本初公開の210点の「秘宝」が公開されるのだという。七月一四日から九月二四日まで。暇があればぜひ見てみたい。NHKでも三回の特集の放映が終わったようだ…

『中世の死 : 生と死の境界から死後の世界まで』ノルベルト・オーラー(法政大学出版局)

→紀伊國屋書店で購入 「中世の死の諸相」 本書は、アリエスの『死を前にした人間』に強い影響をうけて、中世のヨーロッパにおける死のさまざまな諸相と、死を前にした人々の姿勢を考察したものである。中世においては「主よ、疫病、飢餓、戦争から我らを守り…

『マイモニデス伝』A.J.ヘッシェル(教文館)

→紀伊國屋書店で購入 「アリストテレスと聖書の結婚」 マイモニデスは、ユダヤ思想家として名高いが、これまではぼくの知る限りでは邦訳もなく、どんな思想的な環境で思索を行っていたのか、少しぴんとこなかった。しかしキリスト教の哲学に大きな影響を与え…

『古代アンデス--権力の考古学』関雄二(京都大学学術出版会)

→紀伊國屋書店で購入 「インカ帝国以前の国家の形成」 先日の日曜日(七月一日)NHKスペシャル「失われた文明 インカ・マヤ」のシリーズで、第一回の「アンデス ミイラと生きる」が放映された。ミイラの包みに顔を描いて、敵の神聖なる墓地を占拠して、支…

『生のものと火を通したもの』クロード・レヴィ=ストロース(みすず書房)

→紀伊國屋書店で購入 「待望の神話分析の一冊目」 レヴィ=ストロースの『神話論理』の邦訳の刊行がやっと始まったことを祝いたい。原著が一九六四年の刊行であるから実に四〇年後の翻訳出版ということになる。ぼくは半ば諦めて、安価に入手できる英訳本四冊…

『訴えられた遊女ネアイラ―古代ギリシャのスキャンダラスな裁判騒動』デブラ・ハメル(草思社)

→紀伊國屋書店で購入 「裁判で読むアテナイの生活」 古代のギリシアは完全な男社会だった。男性は家を支配し、ポリスにおいては政治の世界を独占した。女性が外出したり、戸口から外を覗いたりするのは下品なこととされていた。家の中でパンをやき、衣類を紡…

『残りの時 パウロ講義』ジョルジョ・アガンベン(岩波書店)

→紀伊國屋書店で購入 「メシア思想の解読の試み」 アガンベンの『アウシュヴィッツの残りのもの』は名著だったが、このタイトルにもなっている「残りのもの」という概念は、旧約聖書でも不思議に思わせる概念であった。神の王国にゆけるのは「イスラエルの残…

『中世の身体』J.ル=ゴフ(藤原書店)

→紀伊國屋書店で購入 「書物としての身体」 本書は、すでに流行のテーマとなった身体の歴史を、古代からルネサンスにいたる中世の時期を中心にまとめたものである。中世の身体は、「調教された身体」としての近代の身体とはことなる意味と象徴をそなえている…