書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

大竹昭子

『手の美術史』森村泰昌(二玄社)

→紀伊國屋書店で購入 「手を描くこと、その手ごわい歴史」 カウンター席に座るときは、端っこの席が好きである。カウンターがカーブしている場合は、同じ端でもカーブしている先のシートがなおよい。カウンターの中が見える。料理屋だったら、ネギを刻んだり…

『極北へ』ジョージーナ・ハーディング(新潮社)

→紀伊國屋書店で購入 北極海で越冬した男が到達した境地 知らない作家の小説を手にとるとき、作家のプロフィールが読み出すきっかけになることがある。若いときから創作一筋という人より、いろいろな道を経て書くことにたどりついた人のものに惹かれる場合が…

『トオヌップ』小栗昌子(冬青社)

→紀伊國屋書店で購入 「遠野郷のはるか昔に眼差しを注ぐ」 まず目を引かれたのは、写真集の表紙に載っている男の顔だった。眼光が鋭く、見るものをはっとさせる凄みがある。ただ「濃い」とか「個性的」とか表現されるものとはちがう、生活の起伏や歴史が刻ま…

『堕ちてゆく男』ドン・デリーロ(新潮社)

→紀伊國屋書店で購入 「「揺らぎ」と「非揺らぎ」のはざまで」 9.11の同時多発テロが欧米の作家にとっていかに大きな出来事だったかは、事件後に書かれたいくつかの作品を読んでみるとわかる。書評空間でも、これまでイアン・マキューアン『土曜日』(2008…

『ハチはなぜ大量死したのか』ローワン・ジェイコブセン(文藝春秋)

→紀伊國屋書店で購入 「「家畜化」されたハチたちの現在」 数年前までうちの近くに養蜂所があった、と書くと里山に暮らしているように聞こえるが、住まいは都心にある。JR信濃町駅を出て四谷方面にむかう途中に、うっそうと庭木の繁る洋館の屋敷が建ってい…

『転生者オンム・セティと古代エジプトの謎 ― 3000年前の記憶をもった考古学者がいた!』ハニ-・エル・ゼイニ キャサリン・ディ-ズ 著 (学習研究社)

→紀伊國屋書店で購入 「前世記憶を持った数奇なエジプト学者」 沖縄に霊能力のある父親をもつ友人がいて、霊力に目覚めるまでの経緯を本人から聞かせてもらったことがある。もっとも印象的だったのは忘れ去られた先祖の墓を探しだしたときのことで、先祖の声…

『幽霊コレクター』ユーディット・ヘルマン(河出書房新社)

→紀伊國屋書店で購入 「意識の流れに伴走する独特の文体」 旅の意味は、どこかに行って何かを見ることにあるのはたしかだが、それと同じくらい「ここ」を離れることにあるのではないか。住んでいる家を離れ、家族や友人関係を離れ、見慣れた風景を離れ、食べ…

『中国好運』エリック(赤々舎)

→紀伊國屋書店で購入 「至近距離でとらえた人間賛歌」 二十年以上前に中国を旅したときはかなりめげた。人々が強気で、強引で、毅然とした態度で、すべてにおいて負けそうな雰囲気だったのだ。きっといま旅しても印象は変わらないだろうと、中国各地の路上で…

『見えない音、聴こえない絵』大竹伸朗(新潮社)

→紀伊國屋書店で購入 「「衝動」の因って来たるところ」 東京都現代美術館の全館を、子供時代から現在までの作品で埋め尽くした大竹伸朗の「全景」展が開かれたのは、2006年秋。もう2年もたったのかと思う。「なに」と一言でいえない事件に遭遇したような生…

『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』水村 美苗(筑摩書房)

→紀伊國屋書店で購入 「翻訳を切り口に国語の成立をたどる」 東京育ちで、両親も、その親も東京の人で田舎というものを持ったことのない私には、方言で育った人が標準語をしゃべるときの違和感は実感としてわからない。でも英語を話しているときは、それに似…

『星のしるし』柴崎友香(文藝春秋)

→紀伊國屋書店で購入 「写真集のような小説、または新しい記録文学」 『星のしるし』は原稿用紙にして250枚足らずの量で、レイアウトもゆったり組まれていて、目の負担も少なく、すらすらと読めそうな感じなのだが、読みはじめてみると意外にも時間がかかる…

『できそこないの男たち』福岡伸一(光文社新書)

→紀伊國屋書店で購入 「生命科学の知見を「物語る」」 『できそこないの男たち』というタイトルから、いまどきの覇気のない男たちにゲキを飛ばすような内容を想像するかもしれない。が、そうではない。生まれ出ずる以前から、いかに男たちが「できそこない」…

『ECDIARY』 ECD著 (レディメイド・インタ-ナショナル)

→紀伊國屋書店で購入 「あるラッパーの思想と行動」 1979年、ニューヨークのソーホーで、「キッチン」という、文字どおり台所を改装したライブ・スペースで、奇妙なパフォーマンスを見た。アームの先にポータブルのレコードプレイヤーをつけた、形はエレキギ…

『われらが歌う時』上下巻 リチャード・パワーズ著 高吉一郎訳(新潮社)

→紀伊國屋書店で購入 →紀伊國屋書店で購入 「もうひとつの歴史を保存する図書館のような小説」 今年の7月にエミリー・ウングワレーというオーストラリアのアボリジニーズの女性画家の展覧会を見た。80歳に手が届くころになってはじめてキャンバスにむかい、8…

『遠きにありてつくるもの』細川周平(みすず書房)

→紀伊國屋書店で購入 「かつてない方法で移民文化を考察する」 細川周平には『サンバの国に演歌は流れる』と『シネマ屋、ブラジルを行く』というブラジル移民の文化を考察した二冊の著書がある。『サンバの国に演歌は流れる』は移民にとっての歌を、『シネマ…

『じいちゃんさま』梅佳代(リトルモア)

→紀伊國屋書店で購入 「梅佳代「出生の秘密」に迫る」 『うめめ』『男子』と立てつづけに写真集を出してきた梅佳代の第3弾である。彼女のことは新聞雑誌でよく取り上げられ、テレビにも出るので、いまや82歳の私の母までもが「ああ、あの人ね」と言うくらい…

『ドット・コム・ラヴァーズ』吉原真里(中央公論新社)

→紀伊國屋書店で購入 「客観的記述から浮き彫りになるアメリカの男と女」 なんとも不思議な本の登場である。「ネットで出会うアメリカの女と男」というサブタイトルは、ある程度内容を伝えてはいるものの、本書を読んで感じとったものはもっと多様で豊かだ。…

『『アフリカの日々』『やし酒飲み』』ディネセン/チュツオーラ(河出書房新社)

→紀伊國屋書店で購入 「アフリカの視えない力」 暑い夏を乗り切るには、ここでないどこかに心を飛翔させるのがいちばんである。昨夏はボサノバを作ったアントニオ・カルロス・ジョピンの評伝を読み、夕暮れの海辺の情景や、テラスでの食事や、くっきりした日…

『非常階段東京』佐藤信太郎(青幻舎)

→紀伊國屋書店で購入 薄暮の東京が描く架空の時間 知らない街のホテルにチェックインし、カーテンを開けて窓の外を眺める瞬間が待ち遠しい。表通りに面した部屋より、裏側のほうがおもしろい。裏は裏同士でくっつきあっていて、ちょっと投げやりな、人に見ら…

『隅田川のエジソン』坂口恭平(青山出版社)

→紀伊國屋書店で購入 「都心で狩猟採集生活をする」 私がニューヨークに暮らしていたころ、街中のいたるところにホームレス・ピープルがいた。80年代初頭のことだ。彼らの多くは物乞いをして生活していたが、物を乞う卑屈さが少しもない。朝、コーヒーを買っ…

『本が崩れる』草森紳一(文春新書)

→紀伊國屋書店で購入 「四万冊の本に囲まれて生を終える」 この春に急逝した草森紳一氏を追悼する会が、昨夜、九段会館で開かれた。草森氏には生前に何度かお会いしていたし、彼と最後まで関わりのあった女性と、ふたりの間にできた娘さんを存じ上げている。…

『フォト・リテラシー-報道写真と読む倫理』今橋映子(中公新書)

→紀伊國屋書店で購入 「「報道写真」がたどった試行錯誤の道程」 タイトルの「フォト・リテラシー」は耳慣れない言葉かもしれないが、「メディア・リテラシー」なら聞いたことがあるだろう。メディアの「読解力」を意味する言葉で、対象となる多くは映像メデ…

『家族の昭和』関川夏央(新潮社)

→紀伊國屋書店で購入 文芸作品にみる昭和の家族のうつろい 「二〇〇八年は平成二十年ではない。昭和八十三年だ。あえてそういいたい昭和人である」と著者の関川夏央は言う。その彼が、昭和戦前から昭和戦後へと移り変わっていく家族像を、小説、テレビドラマ…

『ニューヨーク・チルドレン』クレア・メスード(早川書房)

→紀伊國屋書店で購入 大都市に生きる人間たち、それぞれの屈託と処し方 カバー写真を見ればだれでも、この本の内容に関係があるはずだ、と思うだろう。夕闇に包まれたワールド・トレード・センター。9.11以前の写真であるのが一目瞭然だ。事件以来、ツインビ…

『いつか僕もアリの巣に』大河原恭祐(ポプラ社)

→紀伊國屋書店で購入 「人の行いはすべてアリに先を越されている」 装丁に惹かれて本を手にとることがたまにあるが、本書はそのケースだった。白いカバーに本物のアリがたかっているように小さな黒い影が散らばっている。手で触れるとアリの部分が盛り上がっ…

『SNOWY』萩原義弘(冬青社)

→紀伊國屋書店で購入 「桜花に似た雪のはかなさ」 桜が散りだす時期にこれを取上げるのは季節的にミスマッチかもしれないが、この雪の写真集を見ていて、桜に通じるものがあると思った。雪も桜も撮るのにむずかしい対象である。雪も桜も白くて、質感や量感が…

『夜になるまえに』レイナルド・アレナス著/安藤哲行訳(国書刊行会)

→紀伊國屋書店で購入 「めまいと戸惑い、そして冷水」 何かの都合で中断せざるを得なくなった未読の本の山から、この本を引き抜いて読み出したのは、フィデル・カストロ引退のニュースが報じられたことと無関係ではなかった。そして再び読みはじめてみて、あ…

『わがままなやつら』エイミー・ベンダー著 管啓次郎訳(角川書店)

→紀伊國屋書店で購入 「嘘の嫌いな奇想の作家」 エイミー・ベンダーの短編をどう説明したらいいのだろう。 「終点」はいつでも一緒にいてくれる相手を求めてペットショップで小人を買った男の話、「オフ」は黒髪の男、赤毛の男、ブロンドの男の三人にキスを…

『乳と卵』川上未映子(文藝春秋)

→紀伊國屋書店で購入 「言葉と体を貼り合わせる」 受賞作とかベストセラーとか、世が騒いでいるものにはなかなか素直に手を伸ばせないひねくれ者の私だが、今回の芥川賞受賞作は気になってすぐに買って読んだ。 一読して頼もしい女性作家が登場したものだと…

『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』内山節(講談社現代新書)

→紀伊國屋書店で購入 「人の身体と生命を介して記憶する「みえない歴史」」 ずいぶん前にキツネについて調べていたことがある。といっても生きているキツネではない。お稲荷さんのキツネである。社の前に座っているキツネの石像に惹かれて写真に撮るうちに、…